授業2日目から6月前半を思い出す。
この頃は、毎日授業がものすごい勢いで流れていった。

私は自分自身に強い問題意識を抱いていた。

1)ロシア語を聞き取るための訓練方法を質問する・・・しかしアテにならない。

文字通り、当時の私には全くロシア語が聞き取れなかったからだ。
悩んだ私はソフィア先生に相談することにした。ロシア語で。

この時、ロシア語を全く聞き取れない私が、ロシア語でロシア人の先生に質問をすることは、
私の心の中に高いハードルを感じさせた。しかし、やむを得なかった。

私:教えてください。現在、ロシア語を全く聞き取れません。どのような練習をすべきでしょうか?
ソフィア先生:うーん。オススメの方法は分からないわ。
私:外国人がロシア語を聞き取れないのは、よくあることと思います。なので、「耳の訓練」はあるのではないですか?
ソフィア先生:私は知らないわ。何故なら私は生まれた時からロシア語を聞き取れてるから。
私:・・・・(そりゃあなたはロシア人だからね。)(すっかり意気消沈)
ソフィア先生:まぁ、気にしなくても、その内聞き取れるようになるよ。
私:・・・本当ですか?
ソフィア先生:多分ね。

ソフィア先生はそう言うと教室を出ていった。
時間は昼過ぎでまだ外は明るい。私も本当は早く寮に帰って自由に過ごしたかった。

だけど、私はソフィア先生のアドバイスを聞いても全く安心できなかった。私はとにかくロシア語を聞き取る為の練習をする必要があると痛感した。
「いつか出来るようになる」と言う不確かな期待を私は待てなかった。
実はこの「聞き取り」について、ロシア語の教育メソッドでは確立された分野がある。
「Аудирование(聞き取り)」と呼ばれる分野である。その後、ある一人のロシア人教師から、この分野の教育メソッドを教わることになる。

2)日本で受けてきたロシア語教育について思い出す。

昼下がりの校舎。ソビエト時代から続くレンガ造りの校舎から私は窓の外を眺めていた。
本当にここはロシアなのだろうか。そう感じていた。
自分でも急に来た感があった。長年、準備をしてきたはずなのに。

私は「場所が違っても、自分の言動が同じだったら結果も同じ」と考えている。

この時の私は、今まで学んできたことについて、ある感情を抱いていた。
私はウラジオストクに来る2年前から、日本国内で述べ50時間のロシア語教育を歴史のある学校で受けてきた。
当時、私の平日はほぼ毎日深夜残業・徹夜の連続で超多忙だった。
私は毎週末にロシア語学校に通い、この勉強時間数が目いっぱいの努力の結果だった。

ロシア語に限らず、他の外国語であっても多分、同じことになるだろうと思う。
外国語教育において、「聞き取り」を軽視したり、確立した教育メソッドが無い状態で外国語の習得をすることはほぼ不可能と痛感している。
ロシア教育メソッドを経験した結果、私にも外国語を習得する上での重要点が理解できるようになった。
端的に言うと、私が驚いているのは日本国内で「Аудирование」の訓練が重要視されていないどころか、ほぼ無視されていることだ。

外国語はあくまでも意思疎通のコミュニケーション・ツールであり、高尚な学者様が何か謎めいた論文を書くための”対象”や”テーマ”では無い。
外国語は文化であり道具なのである。
私は前日に学生寮に大勢居た10代の外国人留学生たちがスペイン語、英語等を自由に使いこなしている場面を見て、そう痛感していた。

またこうも思い出していた。
私は日本人のロシア語教師やロシア語を既に常習的に会話している人たちに、「どうやったらロシア語を聞き、話せるのか?」と質問したことがある。
彼らは全員「とにかくロシア語を聞くこと。会話すること。TVやラジオを長時間聞くこと」と言っていた。全員だ。
結論としてこの回答は「抽象的には正解だが、個別具体的には誤りだ」であることを知った。
特に外国語教育はこの種の不正確な情報が蔓延している。

ここで、ある有名なYoutuberでメンタリストな人がこのことについて、youtube上で科学的証拠の論文・理論を紹介していたので、その話を引用したい。
「外国語を聞き流す勉強方法は、既にベースとなる学習をしている人にとっては少しは有益になる程度。
しかし、何もしていない人あるいは初学者など全く基礎が出来ていない人にとっては、ただ聞き取れない”音”が流れているだけの状態になる。よって無意味。」だそうだ。

私は不正確な情報のせいで、ロシアに入国後に不備に気づき、そこから準備をせざるを得ない、極めて時間的不利な状況に立たされた。
私は極東連邦大学に入校した1週間目で、強い危機意識を持たざるを得なかった。
何の為に日本国内でロシア語を学んだのか。ロシアに来る前に万全の準備をするためだったのではないのか。強い疑問を感じていた。

そして、それは単に私の思い込みとかではない。
その後、ロシア教育メソッドの中で訓練を受け続け、私は確信を得ていた。
「このАудировониеの訓練内容を実施せずに、ただロシア語のTVやラジオを聞いてるだけで、ロシア語の会話を聞き取れるように修得するだなんて、
絶対に出来ないだろう。あらゆる外国人がロシア語を学ぶ上で、TVやラジオだけを「ロシア語を聞き取る練習」とは考えていないだろう」と確信することになる。

なぜなら、日本国内で私がどれほど探しても見つからなかった「Аудирование」の教科書と教育メソッドが、ロシア国内では存在するからである。

外国語教育において、「この方法が良い”らしい”」と言った不正確な情報が蔓延する背景には、
まだ脳科学上、言語習得理論が解明されていない分野が残る”現在も変化し続けている研究分野”なことと、
先人たちの理解不足もあると考えている。
私はこれを「知識の既得権益化」と勝手に命名している。

繰り返し言うが、外国語教育において一般的な助言は「抽象的には正解だが、個別具体的には嘘に近いグレーだ」である。

3)Аудированиеの訓練方法を知る。。。為の方法。


話を昼下がりの校舎から外を眺めている私に戻すと、
私にはソフィア先生のアドバイスだけでは足りないことが明らかだったので、youtubeでヒントを探すことにした。
私はスマートフォンを取り出した。しかしすぐに問題があることに気が付いた。

私はロシアに来て、携帯電話回線やWiFiの契約をしていなかったのだ!!
ハイスペックなモトローラのスマートフォンは今はただのハイテクな電卓に成り下がっていた。

私は教室を出て、”Центр города(町の中心部)”と言われる場所に、電話会社のショップがあることを思い出した。
直ぐにそこに向かう事にした。

私は事前に別の学生らから「ロシアでは電話の契約が簡単に出来る。パスポートと外国人登録証を持参すれば、サインだけで契約できる」と情報を得ていた。
そのため、私の心は少し楽だった。
唯一の問題は、私がこの時点ではロシア語の会話が満足に出来る状態ではなかったことだ。

しばらく歩き、私は電話会社のショップに到着した。
幼少期、初めて親に頼まれて買い物に来た時の緊張感を覚えている。
今、私が感じる緊張はそれと同じくらいだった。

私:すみません。
店員:お話しください。
私:携帯電話のWiFiのSimが欲しいです。Simを売ってください。
店員:分かりました。プランはこの3つからお選びください。
私:(???今、この人は何を言ったんだ?)
店員:このプラン。3つ。選んで。
私:あぁ。。。。(多分、選べってことかな?でも、何の違いがあるんだろう?)
店員:(穏やかな表情で)このプランが真ん中、こっちが最安、こっちが高い。OK?
私:おぉ・・・・・(これは値段だけで決めて良いのか?何か、SMSが何通までとか書いてるけど・・)
店員:こっちがインターネットを使う人向け。こっちは電話も使えるプラン。OK??
私:分かった。一番安いプランでお願いします。
店員:フゥーー。。。。少し待ってて。

・・・しばらくして、SIMが出てきた・・・

店員:スマートフォンを貸してください。
私:はい。
店員:(一生懸命にSIMをはめ込む)。。ハラショー。これで使えます。
私:ありがとうございます。

未だかつて、私の人生でこれほど緊張した買い物は、大人になってから初めてだった。
それと同時に、特に難しいことはしていなかったけど、私は一つの達成感を得ていた。
その気持ちのまま、私はモールの6階にあるフードコートに来て、コーヒーを買ってみた。

やはり、ここはロシアなんだ。私はそう感じていた。
日本外務省の渡航情報でも、「ロシアでは英語を解する人がほとんど居ない」と書かれていた。
あの情報は本当だった。

久しぶりにSIMと言う通信手段を得たモトローラのスマートフォンは、それまで貯めこんでいた通知をしこたま鳴らしていた。
それが落ち着いてから私はGoogle検索に「youtube 言語習得理論」などと検索を掛けてみた。

youtube上には言語習得理論の研究者、実践者など大学の先生からビジネスマン、学生までがそれぞれ理論を述べていた。
私はyoutubeを見ながら、今まで自分が知らなかった外国語の勉強法を学ぶことにした。

多くの善良な研究者達がyoutubeを使い、最新の理論を紹介してくれていた。
それらを見ながら、私は自分の中学生の頃、初めて英語を学んだ時のことを思い出していた。

当時の英語の先生は「英語の発音はこうです」と、1音ずつ発音の練習をしていた。
中には「とにかく、巻き舌にすると英語っぽく聞こえるからそれで良い」と言う先生まで居た。

それに比べると、最新の理論ではこの様に解明されていることを知る。
 ・発音をかなり忠実に練習すること。脳ミソの中に無い”音”を脳は”言葉”として認識しない。結果、聞き取れない。
 ・耳で聞き、実際に発音すること。発音の下手な理由は舌の筋肉が固まっているため。才能なんかじゃない。
 
などである。興味のある方はyoutubeで何人かの研究者の話を視聴することをお勧めする。

結構長い時間、私はyoutubeを見入っていた。
自分が如何に外国語修得の為の勉強方法を知らなかったのかを痛感していたのである。

私は「これは相当な損をしていた。」と感じていた。
そして、私は「Аудирование」の訓練メソッドを深く知っていくことになる。
こうして、私はこの日一日、youtubeから情報を得ることにした。

4)さて、Аудированиеの教科書はどこに??

次の日の授業後、私はソフィア先生に聞き取りの練習に使える良い教科書は無いか質問をしていた。
ソフィア先生も「う~ん。知らないなぁ。」と答え、「探してみるよ」と返事をして教室から出ていった。

今は、彼女が教科書を探してくれることを期待して待つしかない。
それと、私は配布された教科書の中で音声データが付いている教科書があることに気が付いた。

私はその音声データを何とかスマートフォンにダウンロードすることに成功した。とりあえず聞いてみることにした。
その教科書はCEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)に沿うとA1レベルだったと思う。
音源を聞き始めた私は、そのロシア語の発音のほとんどを聞き取れてないことに気づいた。

私は驚いた。ロシア語の発音を聞き取れている気になっていたからだ。
具体的に何の発音が聞き取れていないのか、1つずつ確認していく気の遠くなるような地道な作業に入っていった。

このことについては次回に書きたいと思う。